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酔いどれ介護者の減塩食日記

減塩食レシピ作りで料理の修行中。介護の日常と非日常・・・タフでなければ介護はできない、優しくなければ介護をする資格がない。

酔いどれ介護者の誇り~忖度を知らない人を介護する

まあ、これでいいか。気の利いたタイトルも思いつかないので、ブログ名は正式に「酔いどれ介護者の減塩食日記」にします。書きにくかった「ハードボイルド的減塩食介護日乗」とはおさらばです。

そもそもなぜ「ハードボイルド」にしたかと言うと、一つには「ハードロック介護」があるのなら、「ハードボイルド介護」があってもいいじゃないかと単純に思ったこと。もう一つは「タフでなければ介護はできない、優しくなければ介護をする資格がない」と言って(書いて)みたいとなぜか思ったこと。

ご存知ない方のために念のため書いておきますが、これはハードボイルド小説の有名な台詞のもじりです。「タフでなければ生きて行けない。優しくなれなければ生きている資格がない」。レイモンド・チャンドラーが描いた探偵フィリップ・マーロウが発した言葉です。チャンドラーの小説はいくつか読んでいますが、ロバート・ミッチャムがマーロウを演じた映画版「さらば愛しき女よ」なども好きです。

これまでに父は介護で手を貸してくれた二人の人をクビにしました。一人は若い女性ヘルパーさん。仕事を始めてまだ日も浅かったのでしょう。手際のよくない世話に苛立った父が、もうお前は来なくていいという調子で怒鳴ったそうです(僕はその現場を見ていません)。

もう一人は、家に週1回、訪問リハビリで来てくれていた理学療法士(PT)さん。顔は市川海老蔵そっくりで、体は大きい。性格も明るくて、僕も頼りにし、父も気に入っていたはずなのですが、ある日突然もうお前も来なくていいという調子で何度も胸の前に手でバッテン印を作りました(失語症でうまく喋れないための得意のポーズ)。

週1日数十分間、体を動かしてもらったり、マッサージを受けたりしていました。でも、こんなことをして何になるんだ、歩けるようにはならない、だから来なくていいというのが拒否の理由だろうと、PTさんも僕も了解しました。

確かにわずかな時間の運動で、歩けるようにはなりません。でも、そんなことを言えば、そもそも介護は成り立ちません。限られた時間と人手で行わざるをえない介護で状況が劇的に改善することなどありません。ましてや、もう85歳になろうという年齢です。家にいるときは寝ているだけなのだし、少しでも体を動かせば健康にもいいはずなのに、聞き入れてはくれませんでした。頑迷な性格に手を焼きます。

父は倒れる前からひどい尿漏れに悩まされていました。だから、自分でそれ用のパンツを買って対処していました。汚れれば自ら洗濯などもしていました。ところが、この程度の漏れなら大丈夫だろうと判断したときはドライヤーで乾かして使います。当時もたくさんの薬を飲んでいたせいなのでしょう。家中に強烈な異臭が充満することになります。おかげで家族の鼻はみなひん曲がりましたが、父にはそれが目に入りません。

思えば、サンダル代わりに平気でスリッパを使おうとするような人でした。ある日、父や母の靴の横によれよれのスリッパがありました。母に聞けば、ちょっとした外出に父が使っているとのこと! 玄関は家の顔です。クロネコさんも来るし、隣の中村さんも回覧板を届けに来ます。みっともないと言ったらありゃしない。サンダルなんて安いものですから、壊れたら買えばいいだけの話なのにケチる。そういう社会的な常識やエチケットに欠けるところがあるのです。

また一つ思い出しましたが、トイレに入ると扉を閉めない人でした。さすがに小の場合ですが、それでも用を足すその後姿を見せられる、その音を聞かされるこちらは気持ちのいいものではありません。もちろん、これも小の場合ですが、水道代をケチって、決まって水は流しません。次にトイレを使う人がいるということを考えません。母にせよ、僕にせよ、その後でトイレを使う場合はまず水を流します。結局、水道料金は変わりません。

いま流行りの言葉を使えば、「忖度する」という心の働きを持ち合わせていません。そういう年寄りの世話をしています。介護の苦労がいや増すことは想像に難くないでしょう。こんな記事を書くぐらいです。きっと僕は父が好きではないでしょう。それでも在宅介護という形で父の面倒を見なければならない。焼酎の量は増える一方です。

昔からそれほど体型は変わっていないとはいえ、学生時代に買った、今ではぼろぼろのリーバイスのジーンズがはけたことには我ながら驚きました。「タフでなければ介護はできない、優しくなければ介護をする資格がない」。自分で自分に言い聞かせたいのかもしれません。この言葉はブログの説明文に残しておきます。

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