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酔いどれ介護者の減塩食日記

減塩食レシピ作りで料理の修行中。介護の日常と非日常・・・タフでなければ介護はできない、優しくなければ介護をする資格がない。

介護にとって大切なことを、改めて少し学ぶ

父が肺炎で入院してから1週間が経った。昨日、主治医から現状の説明報告を聞くために病院に行った。7日ぶりに見た父は苦しそうな顔をして寝ていた。一気に衰えたような印象を受けた。

咳や痰は出なくなった。手こずったが、熱も下がった。胸の音もきれいになった。でも、再度のレントゲン検査によると、以前の影は消えたが新しいのができていた。素人にはよく分からなかったが、間質の浮腫らしい。結論としては、悪くはなっていないが、良くもなっていない。まだ当分、様子を見る必要があるとのことだった。

病室に戻った。その大部屋では体に管をつけた重病のお年寄りが何人も寝ている。高齢化社会のいちばん厳しいリアルはどこにあるのか。それは在宅介護の家庭にはない。もちろん東京の巣鴨や大阪の石切にもない。こういう病院に来るたびに、それを痛いほど思い知らされる。

数年前、父がリハビリ病棟に入院していた頃のことだ。連日の見舞いの帰り道で倒れそうになった。大勢のふつうの人々が闊歩する明るい繁華街の日常と、老人病院の暗く淀んだ空気とのあまりの落差に目がくらんだ。

からだの治療は病院と医者に任せるほかはない。でも、こんな病室に一人でずっと寝かされていると、直るものも直らないのではないか。そんなことをぼんやり考えていると、看護師が父を起こした。はじめは不思議そうな顔をしていたが、やがて、息子の存在を認めると態度が変わった。勢いよく喋りだした。

今週はショートステイ介護施設の短期入所)の予定が入っていた。介護者の骨休めの数日間だ。だから、敢えて病院に足を運ばなかった。見舞いに行ったって病気が治るわけではない。でも、父はよく喋った。失語症による意味不明な言葉なので、相変わらず何を話しているのかは分からないのだが、笑いもした。顔色もよくなった感じがした。

ああ、そうかと思った。入院の経験がないせいか、愚かにも気がつかなかった。からだのことは医者に任せるしかない。でも、気持ちは家族で支えることができる。そして、これからは本人の気持ちの持ちようがすべてを左右するような気がする。

帰宅後に妹や弟に電話やメールをした。父のような失語症の相手をするのは確かに苦痛だ。でも、お前らも病院に顔を見せに行け。きっと、それが親父の肺炎を治すいちばんのクスリになるんだよ。

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