酔いどれ介護者の減塩食日記

減塩食レシピ作りで料理の修行中。介護の日常と非日常・・・タフでなければ介護はできない、優しくなければ介護をする資格がない。

小林麻央の「アイ・ラブ・ユー」

不謹慎にも、お袋はこんなことを言った。「海老蔵は新しい嫁さんをもらいにくくなった」

こんな本が出たという。その名も「I Love Youの訳し方」(雷鳥社)。

言葉を扱うプロとも言える作家たちは、どのような言葉で愛を表現してきたのか。日本や海外の文豪100人が綴った100通りの”I Love You”を紹介する。

でも、文豪たちがどれほど意匠を凝らしても、天然の結晶のように発せられたありのままの一言にはかなうまい。

 意識は薄れ、濁っていた。それでも、目の前に最愛の人を見つけた。前日はもうしゃべれなかった。それなのに、言葉が口から出た。「ありがとう」でも「ごめんね」でもない。この期に及んでなおも、「愛している」。それは小林麻央という存在が、人生が発した「アイ・ラブ・ユー」だったのだと思う。そこには何の混じり気もない。

記者会見の市川海老蔵は、このときは泣きながら笑っていた。

ひと月ほど前に死んだ親父も最後に何かを訴えた。「愛している」ではないにせよ「ありがとう」だったのか。死に顔は穏やかだったが、やはり苦しかったのか。もとより失語症だったので理解の糸口は乏しかったが、いまでも心にひっかかる。

親父は5人兄弟の3番目だった。一番下の弟から、みなガンで死んだ。最後に親父が肺炎で逝った。若い頃の胃腸から最後の肺まで、ありとあらゆる臓器に病を抱えていた人だった。それでも、ガンにはならなかった。85歳まで生きた。

それがどういうものか分からないにせよ、人は自分の運命を生きるしかない。

朝日新聞に「悩みのるつぼ」という人生相談のコーナーがある。土曜日のその欄で、「身近な死が怖い」という20代の女性の質問に経済学者の金子勝がこう答えていた。

この本(正岡子規「病牀六尺」)は、自分の人生を生き抜くことで死の怖さを乗り越えられることを教えてくれます。そう考えると、死を迎えた人を前にして、死自体を見るのではなく、その人がどういう人生を生き抜いてきたのか、周囲の人に何を残したのかを見つめることが大切なのではないでしょうか。冥福を祈る気持ちはそこから生まれてくるはずだからです。

小林麻央さんがBBCに書いた寄稿文

人の死は、病気であるかにかかわらず、
いつ訪れるか分かりません。
例えば、私が今死んだら、
人はどう思うでしょうか。
「まだ34歳の若さで、可哀想に」
「小さな子供を残して、可哀想に」
でしょうか??
私は、そんなふうには思われたくありません。
なぜなら、病気になったことが
私の人生を代表する出来事ではないからです。
私の人生は、夢を叶え、時に苦しみもがき、
愛する人に出会い、
2人の宝物を授かり、家族に愛され、
愛した、色どり豊かな人生だからです。
だから、
与えられた時間を、病気の色だけに
支配されることは、やめました。
なりたい自分になる。人生をより色どり豊かなものにするために。
だって、人生は一度きりだから。

 小林麻央は、小林麻央の人生を立派に生き抜いた。享年34。安らかに。

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